2位
2000~2005年あたりのプロ野球は酷かったと思う。
巨人に人気が集中し、その状態を長く続けすぎたせいで誰もそれを不思議に思わなかった。
当時の人気選手は松井だとか清原だとか松坂だとか。彼らほどのスターで無くても、人気選手はおおよそ大柄な人物ばかり。サッカーが眩しかった。
誰もがそんなプロ野球に飽き始め、他のスポーツだとかメジャーリーグに注目し始めていた。特に大柄でもないイチローがメジャーでは信じられない活躍をしていた。誰もがバカにしていた新庄は普通に日本時代と同じような普通の一軍レギュラーらしい活躍をしていた。
ワールドカップでは日本中が熱狂し、他のスポーツも人気が上がり続け、誰もがプロ野球を見る必要が無くなっていた。
そんな中、球界再編問題が起こった。
パリーグの堕ちた名門オリックスブルーウェーブと、弱小大阪近鉄バファローズの合併である。
今となっては当時のことを取り上げる時、「ファンの大きな反対に古田を中心に選手が反発し~」とよく言われるがそれは大嘘だ。
ぶっちゃけファンのほとんどは大きな反発などしていなかった。
……つまり、皆すっかり諦めていたのだ。プロ野球は終わりだと。
そこからは誰もが覚えているだろう。流れは変わる。
ライブドアがバファローズ買収に手を挙げた。ホリエモンは社会現象にまでなって誰もがプロ野球の動向に注目し、今までのプロ野球が正しかったのか疑問を持ち始めた。
オールスターで新庄がホームスチールを決めてオールスターMVPを獲得した。注目される選手は皆素人から見ればデブにしか見えないのばかりな印象を持って久しいファンにとって、久しぶりに野球を見た気がするプレーだった。お立ち台で叫んだ「これからはパリーグです!」という言葉でパリーグが動き出した気がした。
ホリエモンによってプロ野球に注目し、新庄によって野球の面白さを久しぶりに思い出し、巨人など一部の球団に権力が集中して物事が動くことを諦め、太ったオッサンばかり目立っていることに飽ていただけで、実はプロ野球が大好きだったということをファンたちは思い出した。
誰よりもプロ野球が好きな選手達自身も、その熱気に押されたかのように動きが強くなり、余計に球界のあるべき姿を求める努力を始めた。
そこからは紆余曲折あるが、楽天ゴールデンイーグルスが誕生して2リーグ12球団は維持されることになる。
交流戦も始まった。
誰も完全な納得をしたわけでも無いし、不満はいくらでも残っている。
ただ、ファンたちは自分がプロ野球ファンであることを初めて自覚した。
プロ野球の試合はテレビでは巨人戦しか放送されていなかったり、せいぜいそれプラス地元の球団がローカルで放送されている程度だったが、それに関係なく自分の潜在的に応援している球団を自覚した。
一番安い外野席でも寝そべって観戦出来た阪神タイガースは観客動員数でついに読売ジャイアンツを越え、年間300万人動員も珍しくなくなった。
北海道に移転した北海道日本ハムファイターズや千葉ロッテマリーンズはそれぞれ独自の企業努力が実り、150万人を越えることも珍しくなくなった。
モデルケースが出来たことで各球団が努力を始め、どの球団も100万人を切ることが珍しくなった。
全国中継の巨人戦は確かに視聴率が落ち続けるが、プロ野球ファンは明らかに拡大し、熱意が大きく上がった。
今年の最下位決定後の横浜スタジアムの自由席ですら、寝そべって観戦することも走り回ることも完全に不可能であった。
今では昔の巨人に次ぐ程度の人気球団あたりと、現在の最下層の不人気球団でも遜色ないほどにファンは増えている。
ファンサービスは良くなった。応援団の怖いおっちゃんも減った。見られている自覚から、選手のパフォーマンスもよくなった。
楽天ゴールデンイーグルスの監督、野村はパリーグを代表する選手だった。
というか年間HR数、通算HR数で日本記録の元保持者である。もちろんこれは両方とも王貞治によって更新された。出場試合数は3000を越え、当然日本記録。そもそも通算安打数、HR数、打点どれも歴代2位。戦後初の三冠王も獲った、MVPなんて何回も獲った。そして驚くべきは守備の負担がもっとも大きいポジションと言われる捕手としてそれを達成したことである。
両者ともに偉大すぎて比べるのが野暮に思えるが、彼はパリーグにいなければあるいは、王貞治のように歴代最強の選手としての扱いを受けていたのかもしれない。
彼の2500本安打達成の試合の観客数は6000人程度だったと聞く。
現在なら12球団でもっとも人気の無いチームが、既にダントツの最下位を確定させたいたとして、朝から雨が降り続けて試合直前で一瞬晴れたがためになんとか試合を開始したが、またパラパラ降っている、そんな試合でも1万人程度入る。
記録のかかった大きな試合でもパリーグとはそんなものだったのだ。
パリーグをもっともよく知る男、野村はどう思っているだろうか。若い頃(と言っても当時も十分オッサンだったのだろうが)に偉大な活躍をしたにも関わず報われなかった彼が、ついに楽天ゴールデンイーグルスを率いて2位を確定させたのだ。
楽天の船出は順風満帆では無くゴタゴタばかりで、球団が出来て2試合目でロッテ相手に26-0という歴史的な敗北を喫したこともあった。
そもそもオリックスと近鉄の合併で「必要ない」と言われた選手を寄せ集めて出来たチームだ。
山崎はオリックスの前に中日でも不必要と判断され、オリックスでも不必要とされた。楽天に来てからは合計100本以上のホームランを打っている。
鉄平も多少は才能を認められながらも、中日から不必要と判断された。チー^ムの要の高須を長期離脱に追い込む怪我の原因となったが、首位打者も手中に収めた。
近鉄最後のエース岩隈は、最後まで合併を反対してオリックスへの入団を拒否。楽天の初代エースとなることを選んだ。
一軍レベルの投手が少なすぎて岩隈を酷使させることになり、パリーグを代表する投手に戻るまで4年かかった。
田中は甲子園で毎シーズン騒がれ続け、怪物の名を欲しいままにしていたがスターの座を逃し、3年夏は決勝まで来たものの完全敗北した。
中谷は阪神期待の新人捕手だったが、先輩からの暴力により失明寸前にまで陥り左目を失明する寸前までいった。期待の捕手に戻るまで10年では済まず、既に若手ですら無くなった。
福盛は流行りのメジャー挑戦を華々しく表明したが、歯が立たずに帰ってきて頭を下げて復帰した。
リンデンは学生時代は好打者だったものの、メジャーでそろそろどの球団も獲ってはくれないほどに低迷していた。
セギノールはオリックスや日ハムで打つのは好成績を残したものの、守備が下手すぎて不必要と判断された。
小坂は球界最高の守備力を認められつつも、打力がネックとなってロッテ、巨人から放出された。
遅すぎた天才草野はプロ4年で既に32歳だが、ついに華開いて3割打者となった。
藤原は新人ながら先発に抜擢され、完全試合は逃したものの27人で打者を抑えて話題になった。
宮出はヤクルトで投手から野手にコンバートしたものの結果が出ず放出された。
監督野村はもはや言うまでも無い。
そんな、どこか欠点のある奴らがついに貯金を作り2位にまで躍進した。映画のような話だと思う。
あと足りないのはクライマックスシリーズで優勝することだけだ。
